秋穂街道を歩く
2015・12・16
No.1
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山口に大内が栄えた頃、山口と瀬戸内海を連絡する秋穂街道(御上使道)があったようです。京都・九州を繋ぐ航路の起点として秋穂浦が使われていたようです。その秋穂浦から山口の間の街道を歩いてみる事にしました。現在明確に残されているところは少なく変化をしていますが、概ね旧街道と言われている道を歩いてみる事にしました。スタートは秋穂の八坂神社からスタートし山口の湯田にある袖解橋を経由し山口駅をゴールとしました。 今回のルートは下の地図の通りです。ルートについては周南ウォーキング協会からの資料を参考にしております。
八坂神社を今回のスタート地点にしました。
秋穂街道の出発地点ではありません。
これが八坂神社の拝殿です。
八坂神社の参道に出て行きます。鳥居には寛政元年己酉(1789)とあります。古いですね?秋穂街道は大内時代ですからさらに3,4百年前の話ですが? 八坂神社の参道を南東方向に直進します。県道25号線を右折します。
交差点の傍に「髪解橋」の石碑があります。 これが石碑の説明板です。一説によるとここへ移設したのではないか?と・・・判りません。
県道25号線を道なりに進んで行きます。 県道25号線は南東方向にすすみます。秋穂地区の幹線道路です。
髪解橋から600m県道を進むと秋穂街道の起点になります。祇園社御旅所です。場所は屋戸地区になります。 秋穂街道のスタート地点となる祇園神社御旅所の位置地図です。
「御上使道の一里塚跡」の石碑があります。 案内板1案内板2 石碑の後ろに重ね石があります。案内板にもあるようにこの岩に舟を繋いだと言われています。多分この辺りは遠浅の海岸なので随分長い綱が行ったんでしょうね?それともこの辺りは深い海だったのかな?
それでは「御上使道」をスタートします。神社の右横から入ります。 耕作地に出るとはっきりどれが道かわかりません。勘で歩きましょう。
多分、草の多い時は分りづらいでしょうね。 竹藪の中を進みます。
耕作地の畦道を進みます。この付近も正直良く分からないと思います。街道ならばもう少し広いと思いますが・・・・? リーダーが迷っております。こんな道が街道ではないでしょう?
ここが切貫道でしょうか?? ここでどちらでも良いようです。右の直ぐ下の道を右に進みます。A
左を進んだ所に神社の跡のような場所があります。 後ろを振り返ると右から出てきて、ここに上がって来ました。これからは黄色の線のように進みます。A点の右の道と合流します。
展望が良く聞きます。天気が良いと最高でしょうね? 山裾を進んで行きます。

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