厚狭←吉田 その2 TOPに戻る  前のページ
やっと道らしい処に出ました 福田の町並みが見えた 福田八幡宮
草が覆い茂った街道は途中で流水の為かぬかるんでいます。当日は天気も良い日でしたが、かなりぬかるんでいました。そこを抜けると道は旧街道らしい道に出ます。その道の先には福田の町並みが見えて来ました。福田に着きますと街道は県道と交叉します。その交叉した所より東に少し歩いたところに福田八幡宮があります。石壇は長く、石段の上から見ると鳥居の中を山陽本線が走っているように見えます。その山陽本線をこの八幡宮の下で渡り、鉄道の南側沿いに街道があると言われますが、私は鉄道の北側の道を歩いてみました。この付近はハッキリした街道は分かりません。山陽本線が出来た時に街道は変更されていると思います。山野井に入ると鉄道沿いの道と南に下る道とに分岐しますが鉄道沿いの道が旧街道です。その道は長友で国道2号線と交叉します。
山野井の分岐点 山野井八幡宮 道標
国道を横切り直進しますと左手に山野井八幡宮が見えます。七日町に入ったところに古い道標があります。「右吉田道 左はぶ道」とあり、右の吉田道から歩いて来たことになります。左の道は山野井工業団地や国道のバイパスが出来ていますので、大きく変化していると思います。石丸の町を過ぎ、街道は大正川、桜川をわたり厚狭の広瀬に入ります。この付近は昔は田だけで、何もない処でしたが、現在は開発が進み色々な施設が出来ております。街道は厚狭川までは真東に向かい、川に着いて川沿いに北に歩くようになっていますが、厚狭川の付近は山陽新幹線の工事で少し、迂回するようになりました。
厚狭川の旧街道の鴨橋 道標 厚狭駅前の寝太郎像
厚狭川の川に沿って北に上りますと、川はゆったりと流れ、鴨が餌を食べていました。その川にかかる橋が鴨橋でこれが旧街道になります。橋は当然後に造られたもので、当時は渡し舟でした。川沿いの道を右に鴨橋を渡れば船木の宿に向かうことになります。その橋の西側の所に道標があります。「左 下関 右 あつ」とあり、山陽道と北側の厚保方面の分岐点となります。今回はこの地点で終了です。鴨橋を渡らないで左に折れ、山陽本線厚狭駅を目指します。厚狭は「日本むかしむかし」のテレビでも出ました「三年寝太郎」の故郷です。駅前には銅像がありました。  
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