厚狭←吉田 その1 TOPに戻る  次のページ
出発後に振り返る吉田 新道と旧山陽道の分岐点 旧山陽道
2005年5月10日山陽本線小月駅からバスで吉田に入りました。天気は最高で、気持ちの良いウォーキングができるでしょう。9:30にスタートしました。吉田の旧山陽道の基点はこちらになっています。吉田より東南方向に歩きます。500mの所で道は分岐していますが、左に歩きます。道は緩やかに上っていますが、振る返ると吉田の町が小さく見えました。更に少し行くと左に分岐する道がありますが、直進し、前面に見える高速道路の下を目指して歩きます。高速道路を過ぎると、右に狭い道路が分岐しています。右側が旧山陽道です。蓮台寺の案内板がありますので、蓮台寺を目指してください。
蓮台寺の入口 蓮台寺 十一面観音像があるお堂
県道から分かれた山陽道はアスファルトで舗装してあり、普通車程度の車は通行可能です。途中で旧山陽道は通行が出来ないでしょうと、野良仕事の手を止めて[おばあさん」が話してくれたが、全然問題なく通行できます?。県道の分岐点から2km程度で蓮台寺の入口に着きました。蓮台寺に寄ってみます。道は石畳で出来ています。石畳なので短い登りだろうと歩き始めましたが、連台寺までは500m程度ありました。高さは200mあり、この長い石畳の道は「哲学の道」と言います。山門を通してみる瀬戸内は疲れを忘れさせます。
山門からの眺望 庚申塚 道が消えて来ました

 蓮台寺(黄檗宗)
寺伝によると今から約一千年前、一條帝の勅使が九州築紫に航行中、関門海峡で嵐に遭い難渋した。勅使が航海の無事を一心不乱に祈願されると突然山の上空に白蓮の花が咲き間もなく嵐が静まった。勅使の上奏を受けた花山法皇は、驚いてこの地を調べた所、山上に白蓮が咲いていた。法皇は、この白蓮こそ観世音の化身だとしてここに蓮台寺を建て、十一面観音像を安置すると共に、この山を白華山と名付けた。この十一面観音像は鰐口とともに下関市文化財第1号に指定されている。
 木造十一面観音坐像
寺伝によると、西暦984年(永観二年)花山天皇の作とされている。像高 91cm、樟材の一木造り。頭体部共前後二枚矧、全体に彩色が施されている。頭上の天冠台には、正面に三面菩薩相、左側三面念怒相、右側に三面身上出相、背後面一面大笑相を配置、鮮やかな背部の舟形光背は、125cmある。木割りなど繊細な彫り方など、藤原時代の特徴をよく伝えている貴重な文化財です。

さらに進むと庚申塚があります。この近くに家がありました。少し道が怪しくなってきました。草はぼうぼうで僅か車のわだちが分かる程度です。「おばあさん」の通行不可の話が現実を帯びてきました。
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